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飛べないブタはただのブタさん

もはやブタはいません。

糸色望

読書

妻から勧められて

自動車絶望工場 (講談社文庫)

自動車絶望工場 (講談社文庫)


70年初頭に著者がトヨタの季節工として自工の工場で実際に働くという潜入ルポタージュで、日本のルポの歴史において古典の一つとされている代表的な作品らしい。著者はトランスミッションの組立を担当し、コンベアで流れてくる部品を息つく間もなく組み立て、それを延々と毎日単調かつ厳しい労働条件の中で繰り返していき、それらの作業や本工(正社員の労働者)や季節工の同僚たちの様子を生々しく描き、後半はトヨタの身分制度やいわゆるトヨタ式とよばれる生産システムに対して、トヨタの歴史を通して批判している。
 
当時の工場というのはあくまでも生産第一主義であり、品質であるとか労働者の安全衛生面に対する配慮が全くされず、何か事故が起きたらそれはあくまでも自分の責任である一方で、コンベアのラインを1秒でも早く高速化すべく作業を効率化するために、一人一人の能力をフルまで使いつつ、原価削減のため人員を減らそうとする合理化が推進され、それでさらに労災*1が引き起こされるという悪循環もあったらしい。現在からはとても考えられない。カンバン方式であるとかカイゼンであるとか創意工夫制度とか、合理的な生産方式を掲げ最大限の利益をあげる一方で、それらはすべて背広組の出世の道具に過ぎず、その犠牲となっているのはすべて現場の労働者である、ということを主張していた。労働者は病気になっても入院させてくれず、満身創痍でトヨタを出ていくらしい。機械が労働者を支配し、労働者がコンベアに奉仕する、とまで表現している。マルクスの資本論で指摘されていることが現実となって目に見えている状態なのだという。モノづくりが好きな人には向いている仕事だと前までは思っていたが、しかし実際にモノを生産しているのは機械であって、人が機械の代わりに部品を組み立てているにすぎない。現場の人間は大きな工場という機械の一つの歯車にすぎないのである、ということを主張していた。そして使えなくなった労働者は有無を言わさず捨てられるとのことだった。
 
となると、現場の労働力だけでなくトヨタの経営力にも問題があるのでは?と思った。当時はトヨタの戦略としては何よりも現場のコストカットを優先させていたということになるが、これは経営陣や営業組の怠慢なんじゃないかなぁとも思えた。今でこそエコだの北米だのいろいろ戦略を立てているが、基本的な生産システムは変わりない。そうなるとあまり魅力的な会社であるとはまったくもって思えない。日産のゴーンのV字回復のように業績回復のための現場のリストラは将来的な展望を含めたものであり評価できる。トヨタはただ単に競争のためだけに現場に無理強いをさせていたということになる。こんなんでいいのかな。でもこれはトヨタに限った話ではないだろう。カンバン方式なんて最たるものである。これによってひーひー言ってる人間はどれだけいるか。
 
一番きついなぁと思ったのは、「作業の再配分」という効率化だった。図にしないとめんどくさいが、詳しく説明している記事があったのでそちらを紹介します。
 
自動車絶望工場を読んだ: 電気林檎出張所
 
要は如何にして作業をmaxでやらせるか、人員を削減するかを努力して考えることが、利益を生み出すという考えに直結していることの裏付けかもしれない。とにかくトヨタは恐ろしい会社だなぁとしみじみ思った。今もこういう経営なのかな。「人間尊重」を謳う大企業トヨタとは思えない。そもそも人間を尊重する企業というのはどういう企業なんだろう。なぞ。地球にやさしいと同じだ。
 
地球にやさしいといえば、「宇宙船地球号」を思い出した。まだやってんのかなあれ。妙にエコを謳う番組だが、今まで「自動車に乗る量を減らしましょう」とは言ってこない*2。スポンサーがトヨタ系列だからである、というのは有名な話。いやーな感じである。こんなん実名で書いたり身元割り出されたらトヨタ系からお誘いこないだろうなぁ。。。
 
こういう期間工とか出稼ぎとかの悲惨な話の代表例がいわゆる「蟹工船」だと思うが(まだ読んでない)、その蟹工船はトヨタの期間工の話は同じような境遇なんじゃないかと思いました。その分リアリティがあって面白かった。大宅壮一賞の対象にもなったらしいが、選考員のわけのわからないイチャモン+スポンサーの圧力でお流れとなったらしい。蟹工船の小林多喜二と同じく、この著者も左のニオイを若干醸し出しているが、当時としてはとても斬新な切り口だったんだろうな、そんで誰もついていけなかったんだろうなぁと思った。

*1:しかも当時は指を切断とかその程度の事故でさえも労災とは認められなかったらしい

*2:そもそも自動車の話が出てこない